すごいな、秋田!
すごいな、秋田!
平成21年4月に実施された全国学力・学習状況調査の結果が、同年8月27日に発表されました。秋田県は、3年連続の高水準。この結果は、教育関係者はもとより多くの人々の関心を呼びました。こんなにも強い、秋田の子どもたちの学力は、どのようにして培われたのでしょうか。ここに到るまでの経緯と実践について、秋田教育庁参事である須藤幸紀氏、同義務教育課の副主幹、田仲誠祐氏のお二人にお聞きしました。お話の内容を以下にレポートします。
今回、取材に応じていただいた秋田県教育庁参事、須藤幸紀氏(左)と同庁義務教育課副主幹、田仲誠祐氏。
検証することに意義がある
秋田県には意外な過去がある。昭和30年代、秋田県は全国学力テストで40位台を低迷していた。「これでは県外にいる県出身者は、胸を張って故郷を語れない。このような状況を何とかしなくては」、と県教育関係者たちは誓った。それから教育改革のための努力が始まった。
そして、およそ40年後の今、秋田県は自信と誇りに満ちている。佐竹知事は、3年連続全国好成績の報告を受けて、「がんばった子どもたちを褒めたい、がんばらせた先生方に感謝したい」と述べた。同県出身の脚本家・内館牧子氏は、『すごいね、秋田の子供』というタイトルの文章を地元紙に寄稿した。
「県民の理解と協力を得て、さまざまな取り組みを講じてきました。ここ数年に限ってみれば、平成13年から『少人数学習推進事業』に県費56億円(累計)をかけて実現させたことが、学力向上に大きく貢献していると思います」と、秋田県教育庁義務教育課 参事兼義務教育課長 須藤幸紀氏は語る。副主幹 田仲誠祐氏は、「多額の県費をかけているのですから、それだけの成果が挙がっているかどうかの検証を大切にしてきました。成果が説明できなければ事業を立ち上げられないし、継続もできません。そういう厳しい状況で進めてきたのです」と話す。
小人数学習の充実のため、市町村教育委員会や各学校の協力は大きかった。実施計画を立てる際、成果の検証方法から事業を効果的に推進するための時間割、および先生の配置計画まで緻密に練った。県は、加配校訪問を行い各学校の実施状況を把握し、改善点を指導・助言した。そして、すぐれた事例を県内で共有するため、事例集も作成した。須藤氏は言う。「私たちは、ある取り組みをしたら必ず検証して課題を抽出し、改善策を講じています。これを『秋田型PDCAサイクル』と銘打っています」
アイデア満載の教育改革
秋田県の教育改革の取り組みは多彩だ。代表的なものを紹介しよう。
◆ 少人数学習推進事業
まずは、先に少し触れた少人数学習への取り組み。今では、全国どこでも耳にする少人数学習だが、秋田県は他県に先駆けて行った。子どもの個性を活かし、子どもの多様性に応える教育活動を展開することを目的としている。
「少人数学習推進事業」の基本構想は大きく2つ。一つは学級の規模を小さくする「少人数学級」。もう一つは、20人程度の学習集団による「少人数授業」だ。少人数学級は、小学校1、2年生と中学校1年生で実施。「小学生低学年は、学校生活に慣れることと学習習慣を確立するためです。中学校1年生は〝中一ギャップ〟という言葉があるくらい、新しい環境に適応するのが難しい時期。学級規模を縮小して、環境の変化に対する抵抗を少なくする。学校生活の安定と少人数クラスで学力をつけていきたい」(田仲氏)。それ以外の学年は少人数学級化が難しいので、国語、算数、数学、理科、英語において少人数授業ができるよう加配措置をしている。
◆ 学習状況調査
「少人数学習推進事業」と並行して行っているのが、県独自の学習状況調査(平成14年から実施)だ。これは学習指導要領の定着度や少人数学習の成果や課題の把握、そして学習指導の工夫改善のための情報収集が目的。この結果を各学校で一人ひとりの指導に活かしてもらうため、小学校4年生から中学校2年生までの悉皆調査としている。さらに、全国学力・学習状況調査では、対象科目は国語、算数だが、秋田県では社会、理科、英語も含む。これは学力を総合的に捉えているからにほかならない。
さらなる特徴は採点者が学校の先生方であること。指導者が採点することで児童・生徒の理解度やつまずきやすいところがわかり、翌日から指導に生かすことができるからだ。
◆ 算数・数学学力向上推進事業
平成17年にスタートした事業で、勉強嫌いの引き金ともなりやすい算数、数学の学力を確かなものにするのがねらい。
各学校の授業水準を同等レベルに保つため、義務教育課の推進チームが全県の小・中・高等学校を訪問し、小学校から高校までの12年間を見通した観点から指導を行う。他県から注目を浴びている単元評価問題は、W e b ページを利用して、全県の小1~中3、高1までが問題にチャレンジできる。問題ごとにさまざまな分析がなされ、教師は一人ひとりの結果に基づいた個別指導ができるというメリットもある。
◆ 教育専門監
教科指導に卓越した力のある先生を教育専門監に認定(現在は16名)。教育専門監は1校だけに限定せず、近隣の小・中学校で指導する。多くの子どもが良質の授業を受けられること、教師も専門のノウハウを身につけられるという相乗効果がある。
そのほかにも大学の先生の専門性を、児童・生徒の指導や学校の運営や研究体制に活かしてもらう「大学出前授業」、科学する心を育む「夢プラン事業」など、ユニークな取り組みも少なくない。
家庭教育の基礎「学びの十か条」
秋田県が注力しているのは学校教育だけではない。秋田県は、子どもの学力向上において家庭を重視した『秋田わか杉っ子 学びの十か条』を掲げている。これは児童・生徒の生活習慣や学習習慣調査の回答から、自県の子どものよい点、優れた点を列挙していったらこうなった、というものだ。須藤さんは、「秋田は家庭生活も安定していると思います。のびのびと頑張れる環境にあるからこそ、学習習慣も根付いているのでしょう」と推測する。
そして、秋田県の保護者たちは教育に熱心だ。特に小学校低学年における基礎教育を重視しており、「国語と算数をきちんと教えてほしい、特に国語の力を」という要望が多く寄せられている。現在、県内のすべての小学校で「朝読書」を行っている。また、国語の授業では、教師が一方的に話すのではなく子どもどうしで討論させるなど、自分の考えを発表させる機会を意識的に設けている。そのためか、秋田県の小学生の国語の成績はずばぬけてよい。
家庭教育の基盤となる「秋田わかすぎっ子学びの十カ条」
地域とともに、子どもを育て、守る
子どもにとって一番身近な社会である地域も、子どもの育成に協力を惜しまない。
◆ ふるさと教育の推進
県内全校の共通実践課題として、ふるさと教育を行っている。子どもたちが郷土の自然や人間、社会、文化、産業などに触れ合う機会を充実させ、そこで得た感動体験から、秋田県のよさの発見、愛着心の醸成、秋田県で将来も生きていこうという意欲に結びつけたいというもの。程度の差こそあれ、「ふるさと秋田」について語れる子どもが増えているという。
◆ ハロースクール&ほっとエリア運動
全国的に、子どもたちを社会から閉鎖することで、安心・安全を守るという傾向にある中、逆に秋田県は、地域に学校を解放し、地域の目にさらされることで子どもたちを守るという、「ハロースクール&ほっとエリア運動」を展開している。具体的には、本の読み聞かせや書写などを地域の方が指導する学習活動支援、登下校指導や校外巡視などの安全管理支援、伝承遊び、昔話を伝える体験活動支援、子育て講話、PTA講話などの研修活動支援など。これらの活動により、県内の幼・小・中・高の学校には1年間で一般市民28万人(平成19年度調査)が訪れている。県民数約110万人から考えると相当な数だ。
安定的な学力は県の財産
県教育関係者たちは、「3年連続高水準」という結果に、決してあぐらをかくことをしない。今も一つひとつの課題に向き合う姿勢を崩さないが、現在の課題とはどんなものがあるのだろう。
例えば、秋田県の子どもは、自分から考えて行動するのが苦手だという。県民性からか、みんなと同じであれば安心という横並びの傾向が強い。先生の指示に素直に従い、課題を与えられると一斉に目的に向かって努力する反面、指示がなければ動かない。未来を担う子どもたちには、そこを打破して、自分なりのパフォーマンスを活かしていくことが求められる。「子どもたちに良質の教育を提供するために、積極的に他県の政策に学んで、秋田県の子どもに合うメソッドを取り入れることに柔軟でありたい」と須藤氏は語る。
また田仲氏は、学校規模が小さくなっていく中、ネットワークの重要性を指摘する。学校、教育委員会、家庭、地域での情報交換を活発にして、課題の共有、問題解決法や教育の価値の共有をしっかりと確立したい。これらは、少子化の渦の中で、学校をより多くの人たちで守る、秋田の子どもは県民みんなで育てる、という意識を強固にすることにつながるだろう。
全国学力テストにおいて、“天と地”を経験してきた秋田県は、県民の誇りと自信のために教育が重要テーマであることを痛いほど知っている。「安定的な学力は県の財産であり、これを最大限生かしていくのが、私たちの務めだと思っています」(須藤氏)。
秋田県の飽くなき挑戦はまだまだ続く。