緊急企画 “坪田耕三の教育視座”

緊急企画 “坪田耕三の教育視座”

 今年の4月、文部科学省は41年振りとなる悉皆の「全国学力・学習状況調査」を実施しました。その中で、B問題は知識を活用する問題となっており、学校教育の指導の現場での当惑は多くのマスコミに報じられたところです。そして、先日その結果が発表されました。果たして結果は、B問題の正答率の低迷を伝えるところとなり、指導現場における混迷は度合いを増しました。『どのように指導していけばいいのか』と。
  この数年、教育は徐々に変容を余儀なくされているという感があります。学校選択性の導入、外部評価システムの実施等など。そうした状況にどう対応していけばいいのかを、緊急企画として筑波大学附属小学校の副校長である坪田耕三先生にお話しをいただきました。第1部を校長先生をはじめとする管理職の方々に向けて、第2部を指導現場の先生方に向けてお話しを頂戴しました。学校教育の現場への熱いエールとしてお読みいただければ幸いです。

(聞き手:齊藤 宏子)

学校授業のスパイス「子どもたちの論理的な思考力をのばすために」画像1

プロフィール
●坪田 耕三(つぼた・こうぞう)
1947年、東京都生まれ。
青山学院大学文学部教育学科卒業。東京都公立小学校教諭を経て、現在、筑波大学附属小学校副校長。武蔵野大学非常勤講師。第32回読売教育賞受賞。
・日本数学教育学会常任理事
・全国算数授業研究会会長
・ハンズ・オンズ・マス研究会代表
・NHK学校放送企画委員
・教育出版教科書「小学算数」著者
・小学校学習指導要領解説算数編作成協力者
・「アイテム算数」 著者

第1部 学校経営編
今後の学校教育の現場に求められるもの

授業力のアップを

 私も外に出向いて行って、校長先生からいろいろお悩みを聞く機会も多々ありますけれども、ひと言でいうと教員の「授業力アップ」を期待しているんです。先生の授業力アップをいかに計るか。これが学校管理者の最大にやりたいところじゃないでしょうか。国や各都道府県市町村の自治体がいろいろな施策を考えるのも、先生の力量をアップさせたいという気持ちがあるんです。

 今年4月に、全国の小学6年生を対象とした悉皆の調査(全国学力・学習状況調査)が実施されました。国語・算数ともにA問題・B問題とありましたが、B問題のような内容は、普通の授業の中ではやられていないことばかりです。説明を要求するような問題形式や、試行錯誤して答えを出すような、考える力を必要とする問題です。ここにある意図は「子どもたちにそういうことが出来る能力をつけたい」「現場ではもっとそういう授業をしなさい」ということです。先生方がただ教科書を読んで、知識を伝えるだけの授業でなくて、もっと内実のある授業をして欲しいというのが最大の期待なんです。これは日本ばかりではなく、アメリカでも先生の授業力アップが期待されています。もっというと発展途上の国でも、もっともっと先生の力を上げたいと感じていますよ。

 日本の今の状況で言うと、今まで頑張って先生を続けてきた団塊の世代がここ数年でいなくなってしまうわけです。そして若い先生に、学校教育、いや、教育全体が移っていくのですが、折角今まで積み重ねられてきた経験が、うまく若い先生に生かされないんです。若い先生が勝手にやると、いい授業というのがなかなか出来ないんですね。今は大きな過渡期にあると思います。だから校長先生や教育委員会の方々は研修会を増やすなどの試みを行っていますが、それらは全て「授業力をあげたい」ということに尽きるわけですよ。現実に校長先生のお話などを聞くと、なかなかいい授業が出来ない先生も多くなってきて、大変なんですよということを聞きます。

 校長先生の指導だけではなかなか行き届かない。要するに経験豊かな先生方との繋がりがうまくいかないから、いい教育の仕方が伝わっていかない。そのようなことが日本の現実にあるわけです。しかし一方では、授業研究などをたくさんやって、優れた授業力を持つ先生も出てきてるわけです。海外からもそういった授業研究は注目されているんですよ。

保護者の方からの理解を得る

 また別の視点からいうと、保護者の教育レベルも高くなってきています。昔のように全て学校にお任せします、という時代ではなくなっているわけですね。バラエティに富む要求を持つ保護者が多い時代になって来ましたから。学校が、子どもに対して、一律で何かをやっていればいいという状況ではないわけですね。それぞれの要求に学校が対応しなくてはいけない。保護者への対応というものがまた大変なわけです。保護者にも多様な保護者が増えてきた。勿論子どもにも多様な子どもがいるわけだから、それに対応するのは当たり前ですけれどもね。ただ、保護者の要求が「わが子だけがよくなればいい」という感覚をもってらっしゃると、学校教育に対する期待に誤解が生じてくると思うんです。「わが子の学力だけがアップすればいい」ということのためだけに学校に通わせているとしたら、それは大きな間違いですから。みんながよくなるように、学校が目標を持っていてね、学校へ来るということは、みんなとのコミュニケーションをちゃんと取れるような人間を育てるということが目標であると、保護者に伝われば随分と違うと思いますが。

学校を経営するということ

 学校管理者というのは、学校の姿勢を明確に伝えるべき立場にあると思いますよ。学校側の説明責任が大事だといわれますけれども、「学校はこういうことをやっています」という説明だけで保護者は納得しないと思います。説明だけでなく、学校を挙げての熱意が伝わらないと。われわれは子どもをこのように育てたいんだ!ということをアピールする。その窓口が管理者ですから。管理者である校長先生、副校長先生は、保護者に「われわれはこういう子どもを育てたいと思っています。そのために協力してください。」ということを熱意を持って語れると保護者は納得すると思いますよ。これからは、学校側も訴えるものをもっていないといけないんじゃないかと思いますね。ただ本に書いてあることを読むような説明では、保護者の方に訴えるものがないと思いますね。

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これからは、学校側も訴えるものをもっていないといけないんじゃないかと思いますね。

第2部 教科指導編
これからの先生に求めたいもの - 教科学習の指導現場で -

豊かな感性と豊かな知性

 子どもにも先生にもそうあってほしいなと思うのは、豊かな感性と豊かな知性です。知性が不足している人は、先生としての魅力が薄いんじゃないのかな。先生という仕事は、ある種誰にでも出来そうに見えて、先生にぴったりの感性を持っているか持っていないかを問われる仕事だと思います。子どもが好きであるとか、幾つか条件があると思いますけど、先生が仏頂面していたら子どもは絶対に寄って来ないわけですからね。子どもに好かれる先生でなかったら駄目なわけだけど、それはある種その人の持っている雰囲気ですよね。だからなかなか難しいところがある。それは天性のものかもしれませんよ。子どもと密着できる感性だとかね。

 もうひとつは、先生は知的であって欲しいですね。やっぱり色々な勉強をして、いろんな知識を持っていて欲しい。理科でも社会でも、ひとつの教科に優れている先生はその道には非常に長けているわけです。具体的に言うと、その道のことについては他の人が知らないことをいっぱい知っているということですよね。先生だけでなく、子どもにも本当はそうあってほしいわけです。たくさん本を読んで、いろいろな事を知るのが好きな子どもになってほしいですね。けれども、子どもに要求することを先生が持っていないというのはよくないと思うんです。算数などは、最終的には非常に抽象的な勉強だと思っています。だから、学ぶきっかけを作る為に面白いもの(問題)を持ってくる工夫というのは、非常に大事なんです。

 これからの教科学習に求められるもの。そのキーワードは「活用力」や、「コミュニケーション能力」、「伝え合う力」ですね。単なる知識じゃなくて、それが使えるものになるかどうかということです。知識を一人で覚えるんじゃなくて、みんなでつくり出す力が大切です。そういう授業にウエイトが置かれると思いますね。そういう点でも、魅力ある先生になるためには幅広い知識が必要です。先ほど豊かな知性と言いましたけど、それを子どもに感じさせる先生じゃないとね。

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知識を一人で覚えるんじゃなくて、みんなでつくり出す力が大切です。

6つの「活用力」

 今は「活用力」という言葉が盛んに言われますが、そもそも「活用する力」とは何でしょう?私は6つあると思っています。

 1つ目は、「深める力」(発展)。例えばマッチ棒で正方形を作ります。正方形が5つならマッチ棒は全部で何本でしょうという問題を出します。その後で、もしも正方形が100個になったら?とか、もしも三角形だったら?と自分でどんどん条件を変えていって、最初のきっかけの問題を、自分で深めていく力です。国語でしたら、何かの本を読んだ後に、同じ作者の書いたほかの本を読みたい、というのが深めていく力ですね。それが活用力の一番大切なところだと私は思います。

 2番目は、「広げる力」(応用)です。最初のきっかけを教室(授業)で勉強したら、それに関わるものを全部知りたい、調べてみたいと思う力ですね。算数で言えば、1ダースという言葉が登場したら、ダースって何だろう?と思い、調べる。1ダースが12なら、今度は12ダースでは何て言うんだろう?と調べる。12ダースは1グロスです。それなら12グロスは何て言うんだろう?他の単位はどうだ?と追究意欲が広がっていくこと。要するに応用力ですね。この2つは似ているけど、最初の深めるというのは発展させる力で、広げるというのは応用力なんです。

 3つ目は「使える力」(適用)、適用力です。これは、学校で勉強したものを日常のものごとに置きかえる力のことですね。円周率の勉強を算数で習ったら、それを使って運動場にトラックを描いてみる。セパレートコースだったら、どれぐらいスタートラインに差をつければいいのか、とかね。そういう現実問題に置きかえて考えていく力というのがあります。ひとつが考えられると、こういう場合は?とまた別のアイデアも生まれます。そうなると子どもは面白くなるんですよね。

 4つ目は、「つなげる力」(関連)。関連させる力です。つなげる力とは、算数でやったことと理科でやったこととが、もとを辿れば同じことじゃないかというように、つなげて考えることが出来る力のことです。反比例などの学習とてんびんの学習などに密接につながっています。また関連させる力とは、算数でやったことが社会科でも使われているという事に気付くことですよ。算数の割合の中で学習する「帯グラフ」は、社会科でも出てきますね。算数と社会科は関連しているということですよ。そう考えると、それぞれの教科をいろいろつなげていくことができる。つなげる力、関連させる力とはそういうことです。

 5つ目は、「作れる力」(創作)。これは、自分で物を作るとか創作する力です。実際に立方体の模型で作って、展開図を考えてみよう、というような活動です。

 6つ目は、「よめる力」(分析)。分析する力ということも大切です。グラフを読み取り、その先を読む(予測)するとか、いろんな条件を加味した上で先を読むような力です。

 今お話した6つの、すべてが活用力だと思います。これらを、先生が随所に授業の中に入れていく。そういうことが、今後問われてくるんじゃないかと思います。

 6年生で全国学力調査をやるから、5年生の1年間を必死になってやるという学校が多いけれども、1年間だけの、一夜漬けみたいなことをやっても力はつかないと思います。本当は1年生から積み上げていくものなんですよね。これからは、授業のやり方を1年生から少し見直すことが大事だと思います。

 1年生の先生というのは大事だと思うんですね。よく3、4年生くらいから算数が好きになるとか嫌いになるとか言われますけど、本当は1年生の初っ端が一番大事ですよ。算数でいえば、1年生に数学のすべての原点が集約されていると思うんです。1年生の授業を面白くやるかやらないかで、大きな違いが出てきますよ。数を読むとか、たし算やひき算をやるだけが算数だというイメージが1年生の時についてしまったら、非常につまらなくなってしまう。子どもはそのイメージをずっと引きずっていくんですよ。だから最初の先生の取り組みようで、好き嫌いは大きく変わると思いますよ。

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1年生の授業を面白くやるかやらないかで、大きな違いが出てきますよ。

一斉授業の意味

 極端な話ですが、山奥などで一人しかいない学校は、コミュニケーションの力がつきにくくなりますね。全校がひとクラスという単学級の学校があります。そういうところは、1年から6年までずーっと同じクラスです。卒業して中学校に行っても同じメンバーで同じクラス。その集団の中では子どもの人間関係は決まっていて、性格も大方わかっているんですね。小さい時に学校で粗相をしちゃった、なんていうのはみんなに知れ渡っている。1からやり直すことがきかない集団になってしまうと、集団の生活がうまくいかなくなることもあります。時々シャッフルされて、新しい息吹の中で、人間は作り変えられ、挽回ができるんだと思いますね。コミュニケーション能力は、たくさんの異質な人がいないと難しいんです。本当はそういう場での生活学習が、これからの学校教育には望まれるんじゃないでしょうか。

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コミュニケーション能力は、たくさんの異質な人がいないと難しいんです。

与えすぎないこと

 「うちの子は本を読まない、どうやったら読むようになるんでしょう。」というお母さんの悩みをよく聞きます。子どもを本好きな子にするということは大事なことだと思うんです。でも、本を嫌いな子に本を読ませるというのは難しいことです。この間、ある人と話していて冗談交じりに言いました。「本棚に鍵をつけて閉めろ」と。本棚に鍵をかけて絶対にあけないようにするんです。そうすると、子供は「あの中にはすごく面白いものが入っているんじゃないか」と思い始める。わざと手に取れないようにすると、子どもはそれに興味をもつでしょ?最後には、本棚をこじ開けて中の本を探り出して読むんですよ。要するに、物が豊かすぎて、廻りに物がいっぱいあるから読む気が起こらないんでしょうね。逆に閉ざされると、子どもは欲しがるんですね。これは、教えるテクニックにも共通したところがあります。全部は見せずに、少しだけ触れさせる。そうすると自分が知りたい、見たいっていう気持ちがおこるでしょ?子どもにそういう気持ちを起こさせられたらいいんですね。

 本棚に鍵を閉めるというのは象徴的な話ですが、手の届かないものとして存在させると子どもは興味深々になるんです。始めから全部与えてしまうと、飽食の世の中になってしまう。足りないくらいがいいんですよ。そうすると、子どもは自分から前のめりになるということです。これは教育の極意ですね。そういうことを知っている先生は、いろんなものにもその方法を使えるわけです。研究授業などがあると、質問が書かれているプリントが配られて、それを順番にやっていくという授業を時々見ます。けれども、それはドアを開けっ放しにしちゃっている授業ですよね。そうじゃない、子どもが自分から食いついて中身(ドア)をこじ開けるような授業じゃないと力はつかないのです。

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子どもが自分から食いついて中身(ドア)をこじ開けるような授業じゃないと力はつかないのです。

理想を持って

 自分の授業や、学校、クラスをこうしたいという理想を持っていなかったらやれないです。担任された子どもを1年後にどうされたいんですか、と聞いてその場ですぐ答えが出せないようでしたらね、いい先生とはいえません。要するに子どもにも保護者にも、「私は1年間この子どもたちを担任します。来年の3月にはこういう子にしたいという理想を持っているんです」とひと言で言えないといけないと思うんです。私はいつも保護者の方に「創造力豊かな子に育てたいと思ってますよ」とお話しますよ。「創造力豊かな子」というのは具体的にこういう子のことだと私は考えています、と話すんです。理想形がないと、ただ「足し算を教えました」「割り算を教えました」というようなことだけに汲々としてしまう。普通公立学校では担任は1年間の契約でしょ。算数も理科も国語もひとりの先生が教えるわけです。それらを教える中で、この子をどういう子にしたいかということです。もっといえば、ひとりひとりの子にたいしてこういう子にしてやりたいな、というのがあれば一番いいことだと思います。

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ひとりひとりの子にたいしてこういう子にしてやりたいな、というのがあれば一番いいことだと思います。

最後に ~「副校長」という経験を通して~

 今、私が副校長という仕事をしているのもめぐり合わせですよ。この学校に来たら大抵は最後まで授業者です。自分も当然そうだと思っていましたけどね。でもめぐり合わせだと思って、学校には20年もお世話になってきたので、最後の3年間は、自分の出来る範囲で学校にご恩返しをしようと思っているんです。勿論授業もやっていますよ。けれど、こういう大きな学校の公務(副校長としての仕事)をこなすことは容易な事ではないです。管理職の仕事は、予定を立ててそこに向かっていく仕事もありますが、研究などと違って、突発性の仕事に対応をすることが多いわけです。だから判断力とか決断力を持つということが、指導者(管理者として)は大事なわけですよね。私が曖昧な事を言っていると、周りが混乱してしまう。だからと言って勝手に独走しても、みんなが困るわけです。周りのことも考えつつ、ひとつのことを決めたらそれを揺るがさないで実行する。これはどこの世界でも同じだと思います。一回決めたことを揺るがして、「周りがこう言ったから、止めてこちらにします」なんてことをしたら、もうだれも付いてこないですよ。少々失敗だなと思っても、一端決めたら頑として動かないような強さが必要ですね。でもあまり突っ走っても仕方がない。学校は中小企業みたいなものだから。みんなのことを考えながら進めていくしかないんですね。私自身、何がいいかは分かりませんけど。

 こういう体験をさせてもらったことについては、人間が大きくなっていいな、と思いますね。世の校長先生や指導主事が「大変だ、大変だ」と言うのは間違いだと思いますよ。自分の立場の仕事を楽しんでやるべきですよね。「この仕事はいい仕事だぞ」と若い人に言わなくちゃね。今はね、「校長なんて責任ばかり取らされるからやりたくない」っていう人が多くなってしまっているそうですが、それはトップに立っている人が「大変だ大変だ」って嘆いているからなんです。上に立ったら嘆いていては駄目ですよね。本音を言ったら、つらい事だってたくさんあります。また、突発性の出来事にいかに対応するかという事ですが、真摯に対応しないと駄目だと思っています。

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「この仕事はいい仕事だぞ」と若い人に言わなくちゃね。