平成 30 年度より、文部科学省より研究開発学校の指定を受け「〈自立〉と〈共生〉を 目指す教育課程の創造」に取り組んでいる上越市立大手町小学校で2年前からご採択いただいている『i・tem算数』と「なかよし班」(異学年交流)における活用と成果について、学校長塚田賢先生と松岡貴徳教頭先生にお話を伺いました。
日本教育新聞記者:
御校での取り組みについてお話しいただけますか。
塚田校長:
本校は平成30年度に4年間の研究開発学校の指定を受けて3年目になります。初年度に学力向上の観点から現在よりも学力は下げられないと、特に算数学習では単なるドリル学習ではなく、思考力を育てられるような教材はないかと探していたところで『i・tem算数』にたどり着きました。当時の研究主任が『i・tem算数』の使用を提案して、職員の中にも前任校で使用経験者がおり、「この教材はいいよ」と話し合いが進み、私が赴任して来た2年前から『i・tem算数』を使用するようになりました。
学力向上の一つとして教材の見直しをされたのですね。
そうです、教材は良い教材にたどり着いたのですが、初年度はまだ具体的な使用方法が確立されておらず、この教材をどうしたらより生かして役立てられるかを考えましたね。通常の学習の中にも子どもたち同士の教え合いや学び合いは、本校でも日常的にあります。クラスでの学習を進めている中では、いつの間にか自然と児童間で学習における序列が出来上がってしまいます。その序列はやがて、教える側と教えられる側という図式を生んでしまいます。この環境を変えてあげることが主体的な学びへの第一歩になるのではと考えました。
具体的にはどういったことですか。
異学年交流を学習環境にも取り入れることは出来ないかと考えました。異学年交流はこれまでも特別活動(運動会、遠足)などで、上位学年が中心になって下の子どもたちの面倒をみてあげる「なかよし班」(36グループに分割)として本校では伝統的に行っています。この「なかよし班」を活用して『i・tem算数』を材料とし、学習させてみたらどうかと話し合いまして、2年目にスタートしました。縦割り班での学習は、これまでの発想にはなかったのですが、全学年で採択しているこの『i・tem算数』を使いながら、子どもたち同士の学習でのつながりを深めることにチャレンジしてみました。この時間では教員はサポートに徹して、子どもたちの「なかよし班」にすべてを任せますし、『i・tem算数』を使用するという約束以外、制約は一切ありません。
学習での子どもたちのつながりを深める狙いで、学力向上の効果はありましたか。
効果と呼べる数字的な結果は2年目の現在も、お示しできるものはありません。実はこの「なかよし班」での取り組みが、密になる環境となるため、新学期以降行えず、再開されたのは11月に入ってからで、今年度の取り組みはまだ始まったばかりなのです。この春はコロナ禍で学力判定の指針でもある全国学力・学習状況調査も行われませんでしたし、明確な検証は難しいですね。しかし、この取り組みでの狙いでもある子どもたち同士の学習でのつながりは、確実に深まっていると私たち職員も実感していますし、子どもたちの声からも良い反応が聞こえてきます。「なかよし班」での学習をのぞいてみると、上位学年の子が自分の学習する手を止めて、下の子が持ってきたノートの丸つけをしています。回答を見ながら丸つけをすることもありますし、既習内容なので実際に問題を読んで、その場で考えて答えを導き出して丸つけをしている子どももいます。「わからない」とつぶやく子どもに問題文を読むことを手伝ってあげ、ヒントを考えて与える子も見られます。どう話せば相手に伝わるか、そこに子どもたちの思考が働くのだと思います。
子どもが主体的に活動し学ぶことで、子ども自身が学習に対する意識に気づきがあるのですね。
教員は教室にいて様子は見ているものの子どもたちだけでの学習時間で、遊びながらにならないか、まじめに取り組んでくれるのか、学力を向上する段階までたどり着くことが出来るのか、当初はやはり不安もありました。想定では高学年は自分で学習をコントロールしながら低学年をサポートし、中学年には高学年を見習って独自に学習が進められるようになることを期待していました。実際には中学年も低学年のサポートをしていますし、クラスの学習では教えられる側の子どもが、学年が下の子の学習に積極的に関わる姿も見られました。中には数値や言葉を変えて問題を作り出して、定着確認のためのやり直し問題を与えている子もいました。これまで教わる側にいた子どもにも教える喜びと責任感が芽生え、学習意欲につながっているという話も聞いています。
学習する場面の設定は学校側で設定されましたが、学習する子どもたちには通常の授業ではあまり触れられない活用・探求など思考力問題に取り組ませているのでしょうか。
いいえ、それも子どもたちに委ねています。レベルの設定はもちろん、今授業で学習している単元であったり、既習単元であったり、先どり単元であったりします。子どもたちが自分で選び取り組むからこそ、真剣に取り組むのです。一律に何かを学ばせるという時間も必要ですが、個別最適化の言葉に代表されように、その子自身が自分の力量に合わせて学習することが貴重で大切な時間なのです。これらの活動は学びを深めるのに役に立ちます。人に教えることで学習効果を深めるのに非常に効果的です。
なるほど、子どもたちで有意義に時間を使い、自立学習が出来ているのですね。
『i・tem算数』には問題に幅があるというのも、子どもたちが問題選択するのには適していると思います。教科書やドリルにある問題だけではここまでの選択幅は難しいです。教員が各時間、それぞれのレベルに合わせた問題を準備する必要がないので、教員の負担も減りますし、子どもたちもどのプリントにしようかと迷うこともありません。この「なかよし班」での学習時間には、子どもたちの自主性と相互補助の育成という側面と教員が俯瞰して子どもたちと向き合う時間づくりにも役立っていると思っています。
俯瞰して子どもたちと向き合うとは具体的にどういうことなのでしょう。
教員は担任で受け持つ学級の子どもたちには細部に渡って気を張っています。反面、他の学級の子どもたちのことはあまり知らなかったりします。学年が異なればなおさらかも知れません。管理職になれば、当たり前のように全体を見回さなければなりませんが、今の先生方はともかく忙しいし、授業内容もハードです。しかし、この時間だけは日ごろはあまり気づけない子どもたちの意外な一面を、一歩引いた位置から発見できたりします。塚田校長先生も話していましたが、クラスでは教えられる側の子が教える側になっていたり、物静か子が積極的に下の学年の子に話しかけたりして。教員から「あぁ、この子にこんな一面もあるのか」と気づく場面があると聞きました。
このような時間が設けられることでの素晴らしい効果をお話しいただきましたが、算数の時間数には影響ないのですか。
そもそもこの木曜5時限は、当校の教育課程上「自律」領域として扱っており、算数の内容を扱う「論理」領域として時数をカウントはしておりませんが、この時間子どもたちは間違いなく算数的な思考をしています。算数の学力そのものが飛躍的に向上することはないのでしょうが、様々な問題に触れることで算数の学びには確実になっていると思います。
研究開発校としての特別な時数組み立てなのでしょうが、子どもや保護者の理解は得られているのですね。
昨年の春にはこの時間を設定すること、教材に『i・tem算数』を使うことについては、子どもたちには2年生以上を体育館に集めて資料を使いながら話しをしましたし、PTA総会でもしっかりと説明をしました。教員と児童の関係性も学校と家庭の関係性もしっかりと取れていないと色々なことがうまくいきません。教員が手を放し、子どもたちの姿を見守ってあげる。何のために自主学習をするのか、自分で勉強する方法を学び取ってくれたら最高ですね。
貴重なお話しありがとうございました。同学年以外で学習することによる様々な波状効果が伺えました。異学年交流による関係性は、放課後学習という形で他校でも見られたりしますが、全校での取り組みは素晴らしいと思います。
番外編
実際に子どもたちに質問してみました「この時間の勉強は好き?」
2年Aちゃん:
嫌い、算数好きじゃないし…でも、小さい子に教えてあげるのは好き。聞かれた時は自分が勉強したことを覚えているか不安だけど、うまく教えられたときはすごくうれしい。
4年Bくん:
うーんふつう。自分の勉強の時は難しい問題はとばしてしまう。下の子に聞かれたとき、答えられないとイヤだから、去年の『i・tem算数』でできなかったところを家で勉強している。
6年Cちゃん:
好き、自分の好きなところを勉強できるから。下級生にしてあげる丸つけも好き、あと自分が作った問題をやってくれるとうれしい。
School Data
新潟県上越市大手町2−20
学校長:塚田 賢