次期学習指導要領の『これから求められる資質・能力』が注目されるなか、公立小学校の現場は若手教員の増加とベテラン教員の退職が進み、年齢構成にも大きな変化が起きています。学校教育は、今、構造的な転換期を迎えています。
今回は、堺市の初等教育研究会算数部のリーダーとして若手教諭の指導力向上の取り組みを牽引されてきた堺市立福泉小学校の菅井太一先生に、これからの学校現場と授業のあり方について伺いました。
聞き手 NPO次世代教育推進機構 鈴木 友也
堺市の現状と次の世代への継承
菅井先生
ちょうど今日は本校の学年研修の日でした。私自身本校に十年来勤務しており、微力ながら、「授業で勝負」と考えて学級を作ってきました。私が新米の頃、先輩方の授業や研究を見て学ぶなかで、「子どもたちの笑顔を、授業で作りたい」と考えるようになりました。また、筑波大附属小学校の算数の授業を見に行った時には、「なんでこんなに子どもたちが楽しそうに算数をやってるんだ」という衝撃と、「公立だから同じようにはできないと言ってしまったら負けだろう」という強い思いを抱いたことを覚えています。
今日の研修では、若い先生達のひたむきな姿勢に頼もしいものを感じました。「めあてが先になっちゃいけないのか」「問題が先になっちゃいけないのか」「自力解決は何分ぐらいか」「見通しはどれくらい持たせたほうがいいのか」など、多くの若い先生は、少しでもよい授業をしようと奮闘しています。堺市には授業スタンダードがあり、初等教育研究会も研究を積み重ねてきています。しかし、校内研修の先生たちの様子を見ながら、悩んでることはいつの時代もそれほど変わらなくて、『いかにして明日の授業を良くし、子どもたちと楽しく授業をやっていくか』なんだと、実感しています。
今、堺市の小学校では、職員室の様子が大きく変化しています。年齢構成もがらっと変わってきているなかで、職員室の文化をどう継承していくか、もしくは新しく作り替えていくかという点が喫緊の課題です。若い先生たちのまわりには情報を得るツールが昔よりたくさんあります。だからこそ、先生自身が日々ふれる授業や、日々目にする教育実践が変わっていけば、きっとスピード感を持って変化していけるだろうと感じています。これが、今、感じている今後の可能性の部分です。一方で、それと同時に学校において先輩の先生方がやってくださっていたことを、われわれも捉えきれてないところがあります。そうすると、経験の違い、価値観の違いなどから、先輩と若手との間のコミュニケーションがうまく機能しない可能性も出てきますし、さらには「今の若い先生は・・・」と言うベテランと「先輩の先生方は・・・」と言う若手との間に、二項対立が生まれてしまうかも知れません。
確かに、ベテランの先生と若手の先生との経験や価値観のギャップは、われわれも全国の学校をまわりながら、いろいろな年代の先生とお話しする中で感じる部分でもあります。教壇に立っていないわれわれが言うのもおこがましいことですが、学習の中で「子どもたちに自ら考えさせること」を従来それほどさせてこなかったという反省はあると思います。ようやく、それがこの時期に来て、現場レベルで動き始めたという実感をわれわれとしては持っています。
10年間アイテム算数の企画をやってきて、いくら「子ども自ら考えることが大事」だと熱弁しても、うちの子どもには難しいと一蹴されてしまう状況が続きました。でもここにきて、考えることの大切さだとか面白さとかを求める声が、現場の先生方から沢山、聞かれるようになってきました。子どもたちにとって、難しいことを簡単に忌避するのではなく、向き合うことが肝心です。若手の先生も周りに迎合しなければいけなかったり、状況によっては、学校の慣習に縛られてしまうことでちょっと言えなかったことが、漸く、ここにきて、表だって言えるようになってきのではないかなと感じています。
菅井先生
でも、『いかにして明日の授業を良くし、子どもたちと楽しく授業をやっていくか』ということで言えば、子どもが自由な発想で考えられる授業に昔も今もないだろうというのが私の中にはあります。私自身新米の頃、「学び合い」や、「見通しを持つ」という言葉はあまり飛び交ってはいなかったように思いますが、それでも、子どもたちが活発に意見を伝え合い、ぐんぐん進んでいく、勢いのある授業はありました。私自身が経験したように、一度、子どもたちが主体となって発言が飛び交う授業を目前にしたら、まず先生の授業観というのは一変してしまうだろうと考えています。『よい教材、よい問題』は子どもを活発にしてくれ、さらにはいきいきとした表情を見せてくれると思っています。そして、その表情が生み出される授業の継続は、子どもの力をつけます。私が担任する六年のクラスにももちろん算数が得意ではなかった子は山ほどいます。とは言え、「この子たちを引き上げられない授業は間違っている」と私は考えています。その得意でない子たちこそ、あるきっかけで算数が好きかも知れないと気づき、嬉しそうな表情を見せてくれる子かも知れないと思います。だからこそ、まず子どもたちが考えることを好きになれるチャンスを作りたいのです。
学びを引き出す『よい教材、よい問題』
菅井先生
そういったなかで、「アイテム」に出会ったときには、驚きました。「アイテム」を自分の授業で使ってみたいと考えると同時に、これなら自分の学級以外でも使っていけると感じました。最初、「アイテム」の厚さと問題の雰囲気に、「難しいのでは」とも感じましたが、今実際に子どもたちが使っている姿を見れば、それは私の勝手な思い込みだったことが分かります。一時間の授業には目標がありますし、達成したいことがありますが、最終的なゴールは、考えることを楽しめる子ども、目の前の壁に挑戦できる子ども、さらには、これからの人生をより良く生きていける子どもを育てることだと思っています。
今年初めて「アイテム」を使っているので、これからこうしていきたいという感覚も含めた観点で、具体的にポイントを挙げます。まず、「アイテム」を教師同士が話をするときのツールとして使うという方法があります。教員の間で「このページのこの問題難しいよね」という話題が結構出てきますので、その時に「うちのクラスはこういうふうにしたらできたよ」という話し合いが始まります。「そんなふうに進めたらこの問題に挑戦できるの?」「挑戦できるどころか、生き生きしながら解いとったで」といったような会話に繋がるのであれば、「アイテム」は一つに教師同士の算数についての会話と理解を深めていくツールとして役に立つといえます。
対子どもという意味では、本校では「アイテム」は書き込みではなく、ノートを使いながら指導をしていく使い方をしています。日々の授業では、自分の考え方を書くという活動を大切にします。子どもたちがノートを真ん中において考えを伝え合いながら問題に当たっている姿は、見ていて気持ちがいいです。得意な子たちだけでなく、苦手な子や今まさに伸びようとしている子たちにも、さらに新しい挑戦をする機会を準備してあげることが必要なのかも知れないと感じています。最終的には、自分で勉強していく力を子どもにつけていきたいので、ノートを作りながら自分が苦手なところをチェックしていけるという仕組みは非常に大事です。このあと中学校に進むということを考えても、自分でノートを作りながら学び、分からなかったら友だちに相談したり、先生に質問したりできるという習慣を作っていくことも大切ではないでしょうか。
「漢字のとびら」も同様です。普段漢字ドリルで勉強している子たちは、平仮名を漢字にしたり漢字の読み方を答えるのが漢字の勉強だと思っています。「漢字のとびら」が既存のドリルと決定的に違うのは、漢字自体が問題になるという点ですね。私自身は、毎日新しく習った漢字を1行練習するというのが漢字の学習だと思っていました。だから、漢字自体を問題にするというのは、私にとって驚きでした。こんなところにも子どもたちが自分で考え行動するというプロセスを入れられるのかと。今、クラスでは一ページに一字で漢字のノートを作っていますが、「漢字のとびら」に書いてあることや書いてないことも使いながら、その漢字に関する問題を作る子たちが増えてきています。子どもたちが「この漢字で間違い探し作るとしたら、こんな間違い探しかな」という観点で問題を作る。もう完全に考えながら漢字を使って書いているということのあらわれですね。
世代をつなぎ、学びを深めていく
今日のお話の中で、子どもが自ら挑戦していく姿や、考え工夫して学習するプロセスというのは、次期学習指導要領に明記された「子どもの主体性を育む」ことにしっかり重なるように感じました。そして、実際にそれを授業のなかでいかに伝えてくか、ベテランの先生と若手の先生との共通理解の図り方というのが、ますます必要になっていくことだろうと思います。
菅井先生
社会が変化し、職員室も変化してきています。これからをどうしていこうかと考えたとき、「子どもたちがワクワクするような、いきいきするような授業を可能にする教材はどれか」という観点がより必要になるのだろうと思っています。本校の六年生は、今、六クラスあります。すると、先生によって様々な特色が出てきます。私がいつも大切に考えているのは、全ての先生が毎朝、笑顔で自分のクラスにむかってほしいということです。そのためには、私自身が、笑顔でいることを心がけています。一年生が六年生の授業を最初から理解することはできないように、新任の先生が二十年、三十年の経験をもつ先生と同じ景色を見ることは難しいかもしれません。でも逆に、若い先生のエネルギーには、先輩方のそれとはまた違った力があります。だからこそ、一人ひとりの先生がやっていることを、別の世代が違う観点から価値を見出し、つないでいく。「先生のその実践、こういうところがいいね」「先生のクラスはどうしてそんなに子どもたちがいきいきとして参加しているんですか?」など、お互いに興味をもっていく。そういうことの積み重ねが、次の世代を作っていく土壌になっていく気がしています。
私が最初のインパクトを受けた授業では、子どもたちは伸び伸びしていました。それが私の中の授業の原風景としてあります。その原風景があるかどうかは実はとても大きく、私たちが授業をするときというのは、基本的に自分が受けてきた授業を鏡にしてイメージします。大学、高校、中学を思い出し、最後に原点として小学校を思い出すように、多くの先生はきっとその小学校の授業の中で教わってきたことや、雰囲気を、イメージしながら授業をしているのだと思います。先生のなかにある授業風景が、講義形式の授業なのか、子どもたちが主体となった発言が飛び交う授業なのか…その点は、ここから学校現場を変えていくという意味で、今の若い先生たちには大きいことかもしれないと思っています。
School Data
大阪府堺市西区菱木2-2186-1
学校長:中村 育子
児童数:1268名
■〈プロフィール〉菅井太一
平成19年オレゴン州立大学大学院修士課程修了。
堺市福泉小学校に赴任、平成27年主幹教諭着任。
好きな名言:「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる!」『はじめの一歩』より